今、遊園地で“確実に変わっている3つのこと”
はじめに
日本の遊園地やテーマパークは、コロナ禍を経て大きな転換期を迎えています。チケットの買い方、楽しみ方、そして安全への取り組みまで、かつての常識とは異なる場面が増えてきました。こうした変化を知らないまま訪れると、現地で戸惑ったり、せっかくの体験を十分に楽しめなかったりする可能性があります。
押さえるべきポイントは、デジタル化、没入型体験、安全基準と地域連携という3つの変化です。これらは売上や入場者数の回復とも深く結びついており、遊園地の現状を理解するうえで欠かせません。本記事では、業界の数字や具体的な事例をもとに、それぞれの変化の中身と背景を詳しく見ていきます。
遊園地業界の現在地
コロナ禍からの売上・入場者数の推移
遊園地・テーマパーク業界は、コロナ禍によって大きな落ち込みを経験しました。経済産業省の「特定サービス産業動態統計調査」によると、遊園地・テーマパークの売上高は2019年の7,184億円から、2020年には2,638億円へと減少しました。2021年には3,055億円とやや持ち直したものの、コロナ前の水準には届かない状況が続いていました(参照*1)。
一方で、2022年には回復の動きが見られます。同調査の長期データでは、2022年の売上高は6,000億円、入場者数は5,767万人となり、前年から大きく増加しました。月次でも2022年12月の売上高は717億8,900万円、入場者数は638万8,867人となり、いずれも前年同月を上回っています(参照*1)。
わずか2年で売上高が2倍以上に跳ね上がった背景には、行動制限の解除だけでなく、後述する構造的な変化が絡んでいます。数字の急回復は、業界の復活は単なる元通りではなく質的な変化を含むことを示唆しています。
回復を支えた施策と構造変化
2022年の回復を後押ししたのは、複数の外部要因が重なったことでした。同年3月末に「まん延防止策」が終了し、3年ぶりに行動制限のないゴールデンウィークや夏休みを迎えています。さらに10月には「全国旅行支援」やレジャー施設のチケット代が割り引かれる「イベント割」が始まり、入国上限の撤廃によってインバウンド(訪日外国人旅行者)の姿も戻ってきました(参照*2)。
施設側でも収益構造の見直しが進みました。コロナ禍ではチケット代の値上げや、混雑状況に応じて料金を変える価格変動制の導入が業界内で拡大しており、客単価の向上で収益の安定化を図る動きが広がっています(参照*2)。
こうした施策は、入場者数を以前の水準に戻すだけでなく、1人あたりの売上を高める方向へ業界の体質を変えつつあります。政策による追い風と施設側の価格戦略が組み合わさったことで、遊園地は「量の回復」と「質の転換」を同時に進める局面に入りました。
変化①:チケットのデジタル化
電子チケット・QR入場の普及
遊園地における変化の1つ目は、紙のチケットから電子チケットへの移行です。従来のチケット販売窓口では、入場時の対応を人手で行う場面が多く、スタッフに一定の負担が生じていました。特に団体利用では事前の予約情報入力や来館者のデータ管理を手作業で処理しており、業務効率化が課題となっていました(参照*3)。
その解決策として電子チケットの導入が進んでいます。名古屋市の東山動植物園で行われた実証実験では、期間中の電子チケット利用者数は42,345名にのぼりました。電子化比率は平均20%、最大32%を達成しています。電子チケット専用レーンを設けたところ、実証前に約1.4万人が来園した日の券売待機時間が15分だったのに対し、実証中は約2.5万人が来園した日でも待機時間は6分となり、約60%の短縮を実現しました(参照*4)。
来園者が増えたにもかかわらず待ち時間が大幅に減ったという結果は、電子チケットが混雑緩和に直結する手段であることを示しています。窓口スタッフの作業量も削減できるため、人手不足が深刻な遊園地業界にとって、デジタル化は運営の根幹にかかわる変化といえます。
キャッシュレス決済と園内DX
電子チケットの普及と並行して、園内の支払い方法もキャッシュレスへと大きく変わっています。上野動物園ではコロナ禍以前からクレジットカードや電子マネーによるキャッシュレス化を推進しており、2019年にはQRコード決済の実証実験を開始しました。当時はインバウンドの外国人旅行者が多く、入園までに長い列ができていたことから、券売機のキャッシュレス決済対応で入園時間の短縮を目指していました(参照*5)。
こうした流れは施設の規模を問わず広がっています。埼玉県の武蔵の村では入園ゲートやお土産売店にキャッシュレス決済を導入し、クレジットカード、QR決済、電子マネー、交通系電子マネーに対応しました(参照*6)。また、2025年開催の大型国際イベントと同時期に開業する施設では、若年層から高齢者、インバウンド客まで幅広い来場者にスムーズに支払ってもらうため、クレジットカード決済やQRコード決済などあらゆる決済方法に対応したサービスの導入が決まっています(参照*7)。
キャッシュレス対応は単なる利便性の向上にとどまらず、窓口の省人化やデータ収集の基盤にもなります。入場から物販・飲食まで一貫したデジタル化が進むことで、遊園地の運営そのものが変化しつつある状況です。
変化②:没入型体験の台頭
イマーシブ・テーマパークの登場
遊園地における変化の2つ目は、「観る」楽しさから「入り込む」楽しさへという体験の質的転換です。1983年の東京ディズニーランド開業以来、約40年にわたって「ゲストが傍観者・第三者としてエンターテイメントをみんなと同じように楽しむ」というテーマパークの形は大きく変わっていませんでした(参照*8)。
こうした流れを象徴する取り組みの一つが、没入型エンターテインメント施設の登場です。たとえば、東京・お台場のヴィーナスフォート跡地を活用して開業した「イマーシブ・フォート東京」は、来場者が物語の当事者として参加する体験を打ち出しました(参照*9)。同施設は2026年2月28日に営業を終了しましたが、国内で大規模なイマーシブ施設が展開された事例として、体験設計の変化を考えるうえで参考になる取り組みだったといえます。
横浜では、驚きや不思議との出会いを臨場感のある映像とともに届ける没入型体験施設「ワンダリア横浜」も開業しています。館内は緑豊かな森林や神秘的な深海など6つのゾーンで構成され、デジタル技術による非日常的な空間を通じて普段は味わえない生き物や自然との遭遇を楽しめます(参照*10)。こうした施設の相次ぐ登場は、遊園地の楽しみ方そのものが変化していることを端的に表しています。
従来型との違いと体験設計の進化
没入型施設が従来のテーマパークと決定的に異なるのは、体験の設計思想です。イマーシブ体験には3つの要素が掲げられています。1つ目は「突き抜けた当事者性」で、傍観者ではなく当事者として体験そのものに関与・行動する点です。2つ目は「百人百様の個別体験」で、参加者それぞれが毎回自分だけの体験をする点です。3つ目は「ライブ感の圧倒的な強さ」で、生の体験ならではの強烈な感情が深い没入感を生み出す点です(参照*8)。
こうした体験設計は子ども向け施設にも波及しています。千葉県のカンドゥーが提供する「イマーシブ ファイアファイター」は、従来の仕事体験が既存の仕事の手法を擬似体験するものだったのに対し、「消防士の仕事とは火を消すことではなく人の命を守ること」という本質的な使命を実感させる設計になっています。映画やアニメの主人公になったかのような没入型演出で子どもたちの当事者意識を育て、使命が強く記憶に残るエンターテイメントを実現しました(参照*11)。
「何を見るか」から「自分が何をするか」への転換は、遊園地が提供する価値そのものの変化です。体験の個別化と当事者性を軸にした設計は、これまで約40年変わらなかったテーマパークの形を根本から塗り替えようとしています。
変化③:安全基準と地域連携の深化
遊戯施設の安全規制の強化
遊園地における変化の3つ目は、安全基準の引き上げと地域との関わり方の深まりです。安全面では、過去の重大事故が規制強化の直接的な契機となっています。2019年8月15日、遊園地「としまえん」の遊戯施設「ふわふわウォーターランド」において、プール水面に設置されたエア遊具の下でライフジャケットを着用した児童が溺水し死亡する事故が発生しました(参照*12)。
こうした事故を踏まえ、国土交通省は遊戯施設の種類や速度・勾配にかかわらず、客席部分に生じる各方向の加速度に応じて身体保持装置に必要な性能を規定しました。客席部分に作用する加速度が一定の値を超える場合は大臣認定が必要とされています(参照*13)。さらに国土交通省は2024年6月、遊具の点検方法の省力化の動向にも対応できるよう「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」を作成しました(参照*14)。
安全規制は事故が起きるたびに更新されるものですが、近年は加速度の数値基準や点検方法の省力化といった技術的な側面まで踏み込んだ内容になっています。運営側は、最新の基準を把握し続けることが求められます。
地域活性化とテーマパークの共創
安全面と並んで変化しているのが、遊園地と地域社会との連携のあり方です。埼玉県飯能市、ムーミン物語、西武鉄道の3者は「飯能市・株式会社ムーミン物語・西武鉄道株式会社の地域活性化に向けた連携に関する基本協定」を締結しました。この協定のもと、市内イベントへのムーミンアート活用やムーミンバレーパークのライブアクターの出演、西武鉄道飯能駅へのキャラクターオブジェ設置検討、スタンプラリーなどまちなかの回遊企画、シェアモビリティ等の新たな交通手段の充実に取り組み、地域住民のシビックプライド(地域への誇り)醸成や来訪者の回遊性向上を目指しています(参照*15)。
環境面での取り組みも広がっています。バンダイナムコエクスペリエンスは2012年から環境配慮製品の開発に着手し、省電力や省資源など7つの基準に基づく評価で一定水準を満たした製品を「エコアミューズメント」と認定してきました。2024年11月からは基準をさらに引き上げ、Reduce・Reuse・Recycleの3Rの要素を組み込んだ新たな環境配慮設計基準を導入しています(参照*16)。
変化がもたらす課題と注意点
老舗遊園地の淘汰と人手不足
業界全体が回復基調にあるとはいえ、すべての施設が恩恵を受けているわけではありません。古くからある遊園地やテーマパークの経営は厳しさを増しており、2020年8月には「としまえん」が閉園し、2021年9月には神奈川県三浦市の「京急油壷マリンパーク」が閉館しました。競争が激しくなるなか、特徴を打ち出し設備投資を続けられなければ、じり貧になっていく現実があります(参照*17)。
経営面でもっとも大きい課題は人手不足です。少子化によって日本全体が人手不足に陥っているうえ、テーマパーク業界はコロナ禍で人員を大幅に減らした施設が多く、不足に拍車がかかっています。そのため各社は賃上げに動いており、オリエンタルランドは4月からパートやアルバイトを含む従業員の賃金を平均約7%引き上げました(参照*17)。
デジタル化や没入型体験といった変化を実行に移すには、設備だけでなくそれを運用する人材が欠かせません。投資余力のある大手と、そうでない施設との格差が広がりやすい環境であることを、業界全体の課題として認識しておく必要があります。
デジタル化の恩恵と情報格差
電子チケットやキャッシュレス決済の普及は、待ち時間の短縮や運営の効率化に直結する一方で、恩恵を受けにくい層が生まれるリスクもあります。スマートフォンの操作に慣れていない高齢者や、通信環境が十分でない来園者にとっては、デジタル前提の仕組みがかえって障壁になる場面も考えられます。
実際に、2025年開催の大型国際イベントと同時期に開業する施設では、若年層や高齢者、インバウンド客など多種多様な来場者を想定して、あらゆる決済方法に対応したサービスを導入しています(参照*7)。この事例が示すように、デジタル化を進める際には「使えない人を置き去りにしない」設計がポイントです。
コロナ禍ではチケット代の値上げや価格変動制の導入が業界内で拡大しており、客単価の向上で収益安定化を図る流れが続いています(参照*2)。価格の仕組みが複雑になるほど、情報を事前に調べられる人とそうでない人の間で体験の質に差が出やすくなります。デジタル化がもたらす利便性と情報格差の両面を意識しておくことがポイントです。
おわりに
チケットのデジタル化、没入型体験の台頭、安全基準と地域連携の深化という3つの変化は、遊園地を「乗り物に乗る場所」から「地域や社会とつながる総合的な体験の場」へと変えつつあります。こうした変化の背景には、コロナ禍による業界構造の再編、テクノロジーの進歩、そして安全への社会的要請の高まりがあります。
一方で、老舗施設の淘汰や人手不足、デジタル化に伴う情報格差といった課題も浮かび上がっています。遊園地を訪れる側も運営する側も、変化の恩恵とリスクの両方を把握しておくことが、これからの遊園地体験をより良くするための第一歩になります。
参照
(*2) gyokai-search.com – レジャー施設業界の現状、動向、ランキングなど-業界動向サーチ
(*5) note(ノート) – 都立動物園、庭園、公園でキャッシュレス推進中!都民利用78施設の入場料等のキャッシュレス化が完了しました|#シン・トセイ 都政の構造改革推進チーム(東京都 公式)
(*6) 【公式】緑の中のファミリーランド むさしの村(遊園地) – キャッシュレス決済導入開始! | むさしの村は遊園地だけじゃない! | 【公式】緑の中のファミリーランド むさしの村(遊園地)
(*9) 朝日新聞 – 「完全没入体験」テーマの「イマーシブ・フォート東京」 1日開業へ [東京都]:朝日新聞
(*11) カンドゥー[Kandu]幕張 | 屋内型仕事体験テーマパーク – イマーシブファイアファイター – カンドゥー[Kandu]幕張 | 屋内型仕事体験テーマパーク
(*12) caa.go.jp
(*13) mlit.go.jp – 建築:遊戯施設の客席部分の構造方法の見直しについて – 国土交通省
(*14) mlit.go.jp – 公園とみどり:都市公園における遊具の管理 – 国土交通省
(*16) バンダイナムコ アミューズメントユニット公式サイト – サステナビリティ | バンダイナムコ アミューズメントユニット公式サイト
